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文を知る1
【「松蔭の妹」から「玄瑞の妻」へ】

幼少期

文は、天保14(1843)年、長州藩士杉百合之助の四女として現在の萩市で生まれました。 杉家は禄高わずか26石の下級武士の貧しい家庭でしたが、父は畑仕事をしながら大家族を支えました。兄、吉田松陰(寅次郎)が自宅の一間から始めた松下村塾では、文は「女幹事」として手伝い、兄や塾生たちを支えました。松下村塾には、高杉晋作・伊藤博文・山県有朋など明治新政府を築いた多くの志士が塾生として集っていました。

結婚

塾生のうちの一人に高杉晋作とともに塾の「双璧」と謳われた久坂玄瑞がいました。その玄瑞と文は安政4(1857)年結婚します。結婚は兄松陰の勧めによるもので、玄瑞18歳、文15歳のときでした。
結婚から2年が経って、兄・松陰が安政の大獄で囚われ死罪となりました。玄瑞は松陰の遺志を継ぐかのように、長州での攘夷活動の中心として活動を強めていきました。