直虎紀行一覧

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No.41

愛知県安城市

10月15日

愛知県安城市。矢作川の流域は、かつて一向宗の信仰が盛んな地域でした。ここから発生した三河一向一揆は、若き日の家康を苦しめました。一向宗の門徒だった本多正信は、家康に反旗を翻し、一揆に加わりました。
正信の出生地と伝わる村の近くに一向一揆の拠点となった寺があります。本證(ほんしょう)寺です。寺は内堀と外堀、二重の堀に囲まれ、敷地内に今も残る土塁が、当時の様子をとどめています。

一揆を鎮圧した家康は、寺院を取り壊し、僧侶たちを国外に追放。正信も、三河を離れ、諸国を放浪していたといいます。その後、家康の元に戻った正信は、頭角をあらわし、参謀として活躍。再興を許された寺の交渉役となります。外交と政治に力を発揮した正信は、やがて家康の懐刀として、徳川幕府を支える重臣となっていくのです。

本證寺- 愛知県安城市 -

  • アクセス
  • 名古屋鉄道「南桜井」下車 徒歩15分